「うちの子、運動音痴かも」と思ったママへ伝えたいこと
はじめに
「またビリだった」「逆上がり、クラスで自分だけできない」
そんな言葉を子どもから聞くたびに、胸がちくっとしませんか。
「私の遺伝かな」「もっと早くから習わせればよかった」——そう自分を責めてしまうこと、私にもありました。
私は理学療法士をしながら、二児のママをしています。体の動きや発達を専門に学んできたはずなのに、わが子の運動会で「あれ、なんかぎこちないな」と気になって、こっそり調べ直したことがあります。
そこで見えてきたのは、「運動音痴」という言葉が、いかに多くの誤解の上に成り立っているか、ということでした。
結論からお伝えします。
運動音痴は「才能がない」のではなく、「脳の経験がまだ足りていない」状態である可能性がとても高いです。そして、その経験を積む上で特別に大切な時期が、9〜12歳にあります。
難しい話はできるだけ噛み砕きます。「大丈夫かな」と不安になっているママに、「そういうことだったのか」と思っていただけるように書きました。
第1章 「運動神経が悪い」は、じつは存在しない話
まず、ちょっと意外な話をさせてください。
「うちの子、運動神経が悪くて」という言葉、よく使いますよね。私も言ってました。でも実は、「運動神経」という名前の神経は、体の中に存在しません。
神経には「感覚神経(外の情報を脳に伝える)」と「運動神経(脳の命令を筋肉に伝える)」がありますが、「運動が得意かどうか」を決める、特別な神経の束はないんです。
では、「運動が得意な子」と「苦手な子」の違いは何でしょうか。
答えは、「再現性」です。
10回ボールを投げたとき、9回同じフォーム・同じ力加減で投げられる子と、毎回バラバラな子。この「同じ動きを繰り返せる能力」こそが、いわゆる「運動センス」の正体です。
そしてもう一つ、意外な事実があります。
脳から筋肉へ「動け!」という命令を送るスピードには、個人差がありません。「運動神経が悪い子は、信号を送るのが遅い」は誤解なんです。
違いは「信号の速さ」ではなく、「どれだけ多くの動きの回路を脳の中に持っているか」。
つまり運動音痴とは、「才能がない」のではなく、「まだ脳の中に回路が少ない」状態。これは、経験を積むことで変えられます。
第2章 遺伝のせいにしていい?——していいけど、全部じゃない
「でも、親がスポーツ苦手だったから…」
そう思いたくなる気持ち、わかります。遺伝の影響は、確かにあります。
実際、順天堂大学の研究では、短距離走の能力を左右する「ACTN3(αアクチニン3)遺伝子」というものが存在することがわかっています。※1
日本人トップアスリート1,311名を対象にしたこの研究によると、特定の遺伝子型(XX型)を持つ人は、どんなにトレーニングしても100m走で10秒4〜5が限界。オリンピックの標準記録(10秒16)には届かない、という結果が出ています。
……少し、しんどい話に聞こえましたか?
でも、ここで大事なことをお伝えしたいんです。
「速く走れる子になること」と「運動が得意になること」は、まったく別の話です。
オリンピック選手を目指すわけじゃない。ただ、体育の授業が楽しければいい。友達と元気に遊べればいい。そのレベルの「運動が得意」は、遺伝子ではなく経験と環境で十分に育ちます。
遺伝を言い訳にするより前に、もう少し見てほしいことがあります。
第3章 脳と神経には「育つ期限」がある——9〜12歳という黄金期
ここが、この記事でいちばん伝えたいことです。
医学者スキャモンが提唱した「発育曲線」によると※2、体のさまざまな器官は、それぞれ異なるペースで育ちます。その中で、神経系(脳や神経のネットワーク)だけが、とびぬけて早く成長します。
- 5〜6歳まで:神経系はすでに80%完成
- 12歳ごろ:ほぼ100%(大人と同じレベル)に達する
つまり、神経系は12歳でほぼ「完成」してしまうんです。
この発育曲線をもとに、スポーツ科学の世界では次の2つの時期が注目されています。
▶ プレゴールデンエイジ(5〜8歳ごろ) 神経系が急速に発達する時期。多様な動き(走る・投げる・跳ぶ・転がる)を遊びの中で経験するだけで、どんどん回路が育ちます。
▶ ゴールデンエイジ(9〜12歳ごろ) 「見て、すぐできる」「一度コツをつかんだら忘れない」という、神経系の学習効率が人生で最も高い時期。この時期に多様な運動経験を積んだ子は、特定のスポーツを始めても上達が早いと言われています。
「じゃあ、うちの子もう12歳を過ぎてる!手遅れ?」
そんな声が聞こえてきそうですが、大丈夫です。神経系は完成後も「使えば使うほど効率がよくなる」性質(神経可塑性=脳と筋肉をつなぐ道が、使えば使うほど広く・歩きやすくなる性質)を持っています。
「今が一番いい時期」というだけで、「今からじゃ遅い」ではありません。
第4章 最新の脳科学が教えてくれたこと
2024年12月、京都大学大学院の梅田達也准教授らの研究チームが、国際学術誌「Science Advances」に、とても興味深い研究結果を発表しました。※3
それは、「脳は無意識の反射を”事前に予測”して、体の動きをコントロールしている」というメカニズムの解明です。
難しく聞こえますが、こういうことです。
運動が上手な人は、「考えてから動く」のではなく、「脳が先読みして、体が自動的に動く」状態になっています。
サッカーでボールが来る前に一歩踏み出せる子、ドッジボールで瞬時によけられる子。あれは「反射神経がいい」のではなく、脳がすでに「次はこう動く」と予測して準備しているからなんです。
では、その「先読みする脳」はどうやって育つのか。
答えはシンプルで、「同じような状況を繰り返し経験すること」です。
公園で転んで、ぶつかって、追いかけっこして——そういう「ごちゃごちゃした遊び」の中で、脳はひたすら「次はこうなる」という予測のデータベースを作っています。
習い事でフォームを教わることより、泥だらけで遊ぶ経験が、実は脳にとって大事だったりする。そう思うと、外遊びの見方が少し変わりませんか?
第5章 「努力が足りない」じゃないかもしれない——気づいてほしいこと
ここからは、少しだけ違う角度からお話しします。
どんなに練習しても、どこかぎこちない。靴ひもが結べない、ハサミがうまく使えない、ボールをキャッチするのがいつも苦手——そういうお子さん、身近にいませんか?
じつは、子どもの約5〜6%に「発達性協調運動障害(DCD)(=脳の「複数の動きを同時にまとめる機能」に困難がある状態)」があることがわかっています。※4
「協調」というのは、たとえば「目でボールを追いながら、手を出して、タイミングを合わせてキャッチする」——こういった、いくつかの動きを同時にコントロールする力のことです。
発達障害の中でよく知られているASD(自閉スペクトラム症)が約1%であるのに対し、DCDは約5〜6%。意外と多いんです。
でも、この状態は「やる気がない」「練習不足」「親のしつけの問題」と誤解されやすく、本人も周りも気づかないまま「運動音痴」として扱われてしまうことがあります。
📋 簡単チェックリスト:「もしかして?」と思ったら
以下の項目、お子さんに当てはまるものはありますか?
| チェック項目 | はい / いいえ |
|---|---|
| 同年齢の子と比べて、明らかに転びやすい・ぶつかりやすい | ☐ はい ☐ いいえ |
| ボタンや靴ひもなど、細かい手先の作業がとても苦手 | ☐ はい ☐ いいえ |
| ボールを投げる・キャッチするのが、何度練習してもなかなか上達しない | ☐ はい ☐ いいえ |
| 縄跳び・自転車など「複数の動きを同時にする」遊びが極端に難しい | ☐ はい ☐ いいえ |
| 運動が苦手なことで、本人がとても落ち込んでいる・嫌がる | ☐ はい ☐ いいえ |
「はい」が3つ以上ある場合、一度、小児科や発達支援の専門家に相談してみることをおすすめします。早めに気づいてあげることが、本人の自信を守ることにつながります。
「診断がつく=おしまい」ではありません。適切なサポートがあれば、できることは確実に増えていきます。
第6章 今日からできること——焦らなくていい、でも知っておいてほしいこと
最後に、「じゃあ何をすればいいの?」をまとめます。難しいことは何もありません。
① 特定のスポーツに絞り込むのを、少し待つ
「野球一本」「サッカー一本」に早くから絞るより、いろんな動きを経験させることが、ゴールデンエイジには大切です。水泳、鬼ごっこ、縄跳び、木登り——「うまくなること」より「いろんな動きを体に入れること」を優先してください。
② 「うまくやらせよう」より「楽しくやらせよう」
脳の回路は、楽しいと感じているときに最も育ちます。怒られながら練習するより、笑いながら転んでいる方が、体は覚えます。
③ 外遊びは最高のトレーニング
公園で走り回る、砂場で掘る、木に登る——そういう「自由でごちゃごちゃした遊び」は、脳にとって最高の学習環境です。習い事を増やす前に、まず外遊びの時間を確保してあげてください。
おわりに
「運動音痴かも」と感じたとき、一番つらいのは実はお子さん自身です。
でも、今日お伝えしたことをひとつだけ覚えておいてほしいのです。
運動が苦手なのは、才能がないからじゃない。脳の回路がまだ育ち途中なだけ。
9〜12歳という時期は、特別です。でもそれは「間に合わなかったら終わり」という意味じゃなくて、「今がいちばん伸びやすい」という意味です。
脳はずっと変わり続けています。子どもの体は、今日も少しずつ、ちゃんと育っています。
大丈夫ですよ。
出典・参考文献
- ※1 順天堂大学・福典之准教授ら(2014年)ACTN3遺伝子と運動能力に関する研究論文。日本人トップアスリート1,311名を対象。
- ※2 Scammon RE(1930年)発育曲線(スキャモンの発育曲線)。神経系・リンパ系・生殖器系・一般型の4系統の発育を示した医学的モデル。
- ※3 京都大学大学院医学研究科・梅田達也准教授ら(2024年12月)「Science Advances」掲載。脳による無意識の脊髄反射の予測メカニズムに関する研究。
- ※4 DSM-5(2013年)発達性協調運動障害(DCD)診断基準。資料:お茶の水女子大学 発達障害Q&Aシリーズ(2021年発行)。


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